ビジネスマンの皆さまへ捧げる読書日記

私が読んだ本のなかで役に立ちそうなものを紹介します

「働く大人の教養課程」を読んで

学生、サラリーマンになりたての方といった方だけでなく、すでに何十年もサラリーマンをされている方にも参考になるところがある本でした。

 

早速紹介をします。

 

デキる人とは

現実を前にしてそれを自分に与えられた条件として受け止め、借り物ではない己の価値観に信頼を置き、自分を世界に投げ込む勇気を持って「現実はこうなっている」「我々に必要なものは●●である」「この決断は我々に●●をもたらすのだ」と考え、そして「これが私の評価だ」と宣明できる人間です。


もしあなたが上司や同僚たちから相談や質問をほとんど受けないとするなら、それはあなたが「自分の価値観で言葉と独自の評価をできる人」と思われていないからです。「独自の評価を持っていないこと」と「言われた仕事はちゃんとしているということ」は、表面上は全く矛盾することなく共存可能です。

しかし、自分の水準を上げたいのであれば、独自の評価を身に付けることです。

 

「原則これでいい。今の俺は100点なんだ」

と思うことで、何かが欠落した自己イメージから生まれる曖昧なコンプレックスが薄まります。人間とは言葉に脳内が影響されるもので、不思議なことにこのことで冷静な心のリズムを取り戻すことができるのです。

シンプルですが健全な次のような言葉で自分に向って言い聞かせ、問うことができるようになります。

「今のお前が100点だ。次は103点だ。そのために何をすべきか具体的に考えろ」

 

社会で働き、そこから何かを学ぶか、そして少しずつでも水準を上げるためには、他者からの評価を全身で浴びなければなりません。曖昧な憧れと根拠薄弱な自己採点という眠ったような状態から脱して、100点を103点にするための具体的な作業を考えるためには、克服すべきものを徹底的に把握しなければなりません。つまり、そこで必要な認識とは自分に「できること」ではなく、圧倒的に自分の「できないこと」なのです。そのことを前提に逆説的なことを言えば、真っ当な大人が重視する能力とは「何かができる能力」と言うよりもむしろ、「何が自分にとってできないのか」を冷徹に把握する能力のことです。それを正確に知ったときに、我々は克服すべき具体的作業を決めることができ、100点を103点にする計画を立てることができます。

 

私たちの世界が後の世代に敬意をもって振り返ってもらえるかどうかを考えたとき、私は「予定調和を拒否する」「空気を読まずに同調しない」「わかっていないことをわかったことにしない」そういう「わかろうとしない力」を持った頭の良さが、今後必要とされると思うのです。

 

「どう、わからないのか」をはっきりさせよう。

最も初歩的な「わからない」は、日本語がわからないことです。会議などの仕事の現場では、やり取りされる言葉の意味が分からないというときがあります。

とにかく様々な言葉を使えるようになるためには、自分で調べて、使ってみることです。

もう一つ、背景・前提知識がないために「わからない」があります。会議や顧客とのやり取りで使われる言葉の意味がわかっても、そこでの議論の「前提知識がない」という意味でわからないというパターンです。

どうしてそういう理屈になるのかが「わからない」。これはよくある「論理がわからない」です。でも、丁寧に説明し合えば、だんだんとわかってきます。

次は、言葉や背景知識、理屈もわかるけれども、この話の流れで「何でそんなことを言うのか」がわからないということです。つまり、発言の意図や目的が分からないというものです。

 

「わからない」の前に「どれを選んでいいのかが」「どう評価していいのかが」つつけるべきパターンがあります。言葉もわかる。背景も知識もわかる。どうしてこういう話しになり、こういう議論になっているのか、話す人たちの意図も目的もわかる。でも、そこから導き出される選択肢が多岐に渡っていて、どれがこの問題に関して最も重要なポイントなのか判断しづらいというものです。それゆえに、最終的な判断を下すための決定的な評価をどうすればよいのかが分からないとなるのです。

要するに、どれもみな重要な気がして、どう評価したらよいのかわからないのです。このパターンの前提は、個別の議論や論理や理屈としてわかるということです。

 

ここでわからないとなることは、たとえそうなったとしても、だからダメだということではありません。決定や判断を支える評価とは、原則的にはすべて暫定的なものです。「時代が変われば新しい評価、あるいは再評価が生まれるかもしれないから」です。

しかも、ビジネスにおける判断は、「あのときはそう評価する以外にはなかったのだ」と考えなければ、いつまでも過去の評価と決定を引きずってしまいます。

ですから、一般の人々は例えば個人レベルで「どう評価してよいかわからない」となっても、評価なんて常に暫定的で良いと腹をくくっておけばよいのです。分からなくても悩みながら発した大量の言葉は、ともに考え、議論した他者にとってもどれだけの刺激となるかわかりません。また、そこでの苦悶が何を鼓舞するかもわかりません。

だから、どの意味でわからないかを探る必要があるのです。

「自分が何を分からないのかを認識できたとき、問題の半分以上を解決したに等しい」のです。

 

チームで働く大人の世界には、自分だけでなく仲間の力をも引き出すための質問作法というものがあります。「助けてほしい」と言われる立場に自分を置いて考えてみてください。「教えてください」と言ってきたものを本当にヘルプしてあげようという気持ちになるのは、「ここまで頑張りましたら、この先ができません」と首を垂れてきたときです。

「ここまではやったのですが、この先が苦しいのです。教えてください」

働く大人の基本原理は、「まずは自分のできることはできるだけやっておく」ということです。

「ここまでやったのですが、この先が」と助けを求められることは、実は自分自信への問いかけなのです。

「いいのか?」「それでいいのか?」「まだできることはないのか?」「これまでに見逃していることはないのか?」「本当に再考の余地は無いのか?」「この聞き方、この言い方、この質問で課長から有益な何かを引き出せるのか?」「俺に足りない部分を補うような同僚の力を得られるのか?」

つまり、「自分は今どこにいるのか?」をわかろうとすることが大切です。

 

会議での発言について

発言そのものに完成品はありません。
発言とは、やりとりのすべてのプロセスと考えよう。
世の中のあらゆる発言の中に「立派な発言」なんかほとんどない。「これなら立派な口上だ」なんて、自分が決めるものではなく、人が後から評価するものです。

会議の発言のほとんどは、そもそも「自分の考えを述べること」以外のことによって占められています。

会議やミーティングの場での、参加者の発言の中には、自分以外の人間の持つ情報を引き出したり、話しながら自分の考えを整理することもたくさん含まれているのです。間の手も立派な発言です。流れを作るように発言すればよいのです。適切にやれば積極性をアピールできますし、自分の中に潜んでいた発想や思考に思いがけず気が付くこともあります。

 

発言の場で飛び交う言葉の種類は、おおよそ次のように整理できます。

「誰の発言なのか」で 2 種類

A. 自分が言いたいことを言う

B. 他者の言葉を引き出す


その上で「やること」が 3 種類

1. 説明する

2. 尋ねてみる

3. 評価してみせる


これらを組み合わせると、
A-1 「自分が言いたいことを説明する」

A-2 「自分が言いたいことを質問の形で確認する」

A-3 「自分が言いたいことを評価してみせる」

 

B-1 「他者の説明を引き出そうとする」

B-2 「他者の言うことを確認する」

B-3 「他者の評価を引き出そうとする」

 

私たちは議論をする本当の理由は、「自分はあの人といったいどこで分かれてしまったのかを確認するため」です。


話しながら考える

「考えがまとまってから何かを言おうとすると、永遠にものが言えません」とにかく出だしから、エイヤッと言葉を使って話し始めると、自分の中に眠っていた色々な考えが浮上してくるので、話し始めてから考えればいい。心のモヤモヤに言葉を当てはめるんじゃない、言葉を使って心にある考えをはっきりさせて、引き出します。

 

批判するとは

相手に多大なる関心を持っていることです。それはつまり根本的な部分で相手を承認し、そこに愛情が存在することの証なわけです。批判とは、相手を一人の発話する人間として重んじていることです。

 

批判に含まれる3つの意味

  • 事実を示す・・・お互いの理解を促すために事実を示すと考えます。
  • 説得力が弱いことを示す・・・それによってまだまだできる余地を示唆する。バリエーションとして、「説明が弱い」「問いそのものが適切でない」の2つがあります。
  • 別の解釈を示す・・・それによって我々が共有する複数の解釈を確認できます。「そんな説明では納得できません」と批判するだけでなく、「こう考えるのが妥当ではありませんか?」と一歩進んで、相手と異なる世界の解釈や理解の仕方を示すのは、建設的な批判行為です。

 

批判は引き算ではなく、足し算で考えるのです。

批判するという行為は、常に「我々の共同利益をどうすれば生み出すことができるか」という志向性とセットでなされるべきものです。

  • 「あなたと私は共同作業をしている」という舞台を意識して言葉を選ぶこと
  • あなたのおっしゃることで、私が変化しうるという態度を示すこと
  • 感情が乱れれば乱れるほど、「丁寧な言葉」を使うという原則を守ること
  • あらゆることから物事を学ぶことはできないのだと言い聞かせること
  • 批判を通じてエネルギーをかけてもらっていることに感謝をすること


謙虚さとは

「出る杭は打たれる」ことを回避するために必要なのではありません。謙虚でないと、色々なものを学び損なうから必要なのです。

 

リーダーシップとは

「我々が今どの時点、どの場所に立っているのかを適切に評価してみせる力」のことです。「我々は今こういうことになっているんだ」と、自分たちの現状を明快な言葉で説明して、何が最も重要な課題なのかを指し示すことです。

 

 

働く大人の教養課程

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